株式会社磯部公

山口県岩国市多田1丁目102番地19
TEL:0827-43-2711
FAX:0827-43-4438
Email:isobeco@orion.ocn.ne.jp

【プロフィール】
1.生い立ち
・昭和19年9月20日、恵良家の長男として、朝鮮の平城で生まれ、翌年日本に帰還、母親の実家がある岩国市御庄に住む。姉、妹の3人姉妹のなかで、大事に育てられたようである。
・小学1年生のとき、父の仕事の都合で島根県江津市に転勤、江津市立郷田小学校、江津中学校、江津高校へと進み、高校2年までを江津にて過ごす。中学校、高校時代は卓球部に籍をおき、県大会にも幾度か出場したが、あまり良い成績は残せなかった。高校2年の終わりに、父が再び岩国に転勤となり、岩国高校3年に転入し、昭和38年卒業。
・昭和43年広島大学工学部を卒業、同年京都の立石電機に入社、長岡京市にある中央研究所に配属となる。立石電機では、おもに自動改札機の切符搬送用メカの研究開発、設計試作を担当する。
・昭和44年11月、学生時代から交際していた家内と結婚、2児も生まれ、亀岡市に新居を構える。昭和50年3月、家内の家族の勧めもあり、岩国に帰り家内の父が経営する株式会社磯部公セメントを継ぐことになる。
・岩国に帰り3人目の子供に恵まれ、長男、長女、次女の子育ては、もっぱら家内に任せきりで新しい仕事に没頭する。次女は中学生の頃からソフトテニスで活躍し、各地の大会に参加しかなりの成績を挙げるようになった。その応援のため学校に行く機会が多くなり、PTAの役員を引き受けるはめになる。次女が進んだ高校では、PTA会長を2期2年間務め、数多くある学校行事に出席する。その都度PTA代表として挨拶をせねばならず、何について話せばいいのか頭を悩ますことが度々であった。おかげで、人前で話すことをかなり鍛えられた。
2.株式会社磯部公のこと
・わが社は、先代磯部公人が昭和29年岩国市横山にて、セメント瓦の製造と屋根瓦工事を始め、昭和38年現在の地、岩国市多田に工場を新設、昭和42年法人化。折からの住宅ブームで高級感のある静電焼付塗装をしたセメント瓦の需要が高まり、その安定供給につとめる。
・屋根工事については、これまでの会社で機械の設計、研究開発等に関わっていたこともあり、物を造ることは大変好きであった。従って屋根の瓦工事には大変興味を覚え、わが社の瓦の施工技術レベルを高めるため業界のいわゆる名士の方に教えを請う等、わが社の屋根葺き職人の養成と技能の向上に努める。
・昭和63年3月、全日本瓦工事業連盟が主催して開催された第7回技能グランプリに、山口県代表として当社の社員を参加させ、技能の向上と瓦葺き職人の育成をはかる。
以降、第12回大会まで計4回参加し、特に平成3年開催の第10回大会では5位入賞を果たす。
・その後住宅にたいするニーズの多様化にともない、高級な瓦に需要がシフトし、セメント瓦の需要が減少したため、平成4年にセメント瓦の製造を中止。
・平成4年6月、株式会社磯部公セメント代表取締役に就任。屋根の瓦工事に特化して営業展開。永年培ってきたわが社の屋根工事の技術力の高さは広く認められるようになったと自負している。前年の9月に山口県を襲った台風19号は、大きな被害をもたらし、屋根瓦も多大な被害を受け、その復旧作業にかなりの月日を要した。この時当社の施工した屋根瓦は、他社のものに比べて比較的被害が少なかったという評価をいただいている。
3.交通安全活動のこと
・平成5年(6月29日)岩国地区安全運転管理者協議会会長に就任し、岩国地区における安全運転管理者選任事業所の事業活動における交通事故防止を呼びかける等、交通安全活動に力を入れる。
・平成15年(5月29日)山口県安全運転管理者協議会の会長に推され、県下各地区の安全運転管理者協議会の活動を支援し、県下の交通安全活動に寄与する。
こうした活動が認められ、平成18年1月、交通栄誉章緑十字銀賞を、平成20年11月、県選章を授与される。
4.労働災害防止活動のこと
・岩国地区においては、労働基準監督署の職員の指導のもと、木造家屋建築工事現場における労働災害を防止するため、岩国地区木造家屋建築工事等安全対策委員会を結成し、傘下の事業所により毎月安全パトロールを実施している。
・この委員会は、岩国瓦工事業組合の組合長であった先代磯部公人が、組合員だけでなく元請の建設会社、工務店等に呼びかけて平成4年(5月12日)に設立し、その後4年間、自ら会長として会の運営に携わってきた。
平成14年5月、私がこの委員会の会長を引き受けることとなり、安全パトロールの継続実施を推進し、木造家屋建築工事現場における労災事故の防止に努める。
5.岩国掃除に学ぶ会のこと
・高校の元校長佐古利南先生との出会いが縁で、二人で岩国掃除に学ぶ会を立ち上げ、平成16年8月岩国掃除に学ぶ会第一回例会を開催、40数名のかたの参加をいただく。
・以降毎月1回第4日曜日を例会日と定め岩国掃除に学ぶ会を開催し、トイレ掃除をつうじて子供たちの健全育成を目指す。また毎回掃除道具の管理、準備等を担当し会のスムースな運営の一翼を担う。
・そもそも、掃除の会に興味を持った一番の動機は、鍵山秀三郎相談役の著書「日々これ掃除」を読んだことにある。トイレ掃除をすることにより「会社が変わる、学校が変わる、地域が変わる」とその副題に書いてある。ならば、わが社を良くするためにやって見ようとの思いからである。お陰で、人として素晴らしい生き方をしてこられた方、また立派に会社を経営しておられる方等、自分の生き方の師として尊敬できる多くの方にお会い出来た。
・われわれは、掃除の会を始める前に「なぜトイレ掃除か」を全員で唱和して始める。
① 心を磨く、②謙虚な人になれる、③気づく人になれる、④感動の心を育む、⑤感謝の心
が芽生える。
・これら全てを、自分では持ち合わせていなかったが、徐々に身につけることができるようになり、人間として、これまでの自分を大きく変えることが出来たと思っている。

【ご挨拶】
はじめまして、当社代表取締役の恵良正明です。
縁あって家内と結婚したことで、今の会社を継ぐことになりました。現在当社の営業内容は、屋根瓦工事が主体ですが、その他屋根の改修に伴う板金工事、建築工事等も手掛けています。例えば、お寺の屋根の葺替工事とかですと、関連する業種は多岐にわたりますが、こうした工事も元請として実績を残しています。
☆株式会社磯部公のこと
当社は、家内の父磯部公人(いそべただと)が昭和29年にセメント瓦の製造及び屋根瓦工事の会社として、岩国市横山の地で起こしました。
昭和38年、本社、工場を現在の岩国市多田に新設し、折からの住宅ブームで高級感のある静電焼付塗装をしたセメント瓦の需要が高まり、一般住宅、建売住宅等に大量に供給してまいりました。
平成4年当社の代表取締役に就任、住宅にたいするニーズの多様化に伴い、セメント瓦の製造を中止し、屋根の瓦工事に特化して営業展開、現在に至っています。
私は、昭和43年広島大学工学部を卒業後、京都の立石電機に入社、長岡京市にある中央研究所に配属となり、おもに駅の自動改札機のメカの研究開発、設計試作を担当しました。
昭和50年、岩国に帰り、これまで物づくりに関わっていたこともあり、屋根瓦工事に惹かれ、わが社の施工技術レベルを高め、屋根葺き職人の養成と技能の向上に努めました。昭和63年、全日本瓦工事業連盟主催の第7回技能グランプリに、山口県代表として当社の社員を出場させ、平成3年には5位入賞を果たすことが出来ました。
永年培ってきた屋根工事の技術力の高さは広く認められていると自負しております。
☆ボランティア活動のこと
生来頼まれたらイヤが言えない性格なもので、ついついボランティア活動にも入り込んでいます。
・交通安全活動
平成5年岩国地区安全運転管理者協議会の会長に、平成15年には山口県安全運転管理者協議会の会長に推され、事業活動における交通事故を防止するため、岩国市内のみならず、県下の交通安全活動にも携わるようになりました。
・労働災害防止活動
岩国地区においては、労働基準監督署の職員の指導のもと、木造家屋建築工事現場における労働災害を防止するため、平成4年から自主的に安全パトロールを続けております。
平成14年この会の会長を引き受け、木造家屋建築工事現場における労災事故の防止につとめています。
・岩国掃除に学ぶ会
高等学校の元校長佐古利南先生との出会いが縁で、平成16年、岩国掃除に学ぶ会を立ち上げることとなり、毎月1回例会を開催しています。トイレ掃除をつうじて、子供たちの健全育成を目指しています。
トイレ掃除に興味を持った一番の動機は、イエローハット相談役鍵山秀三郎さんの著書「日々これ掃除」を読んだことにあります。その副題に「会社が変わる、学校が変わる、地域が変わる」とあり、わが社を良くするためにと取り組みました。お陰で、自分の人生の師として尊敬できる多くの方にお会いできたことが何よりの財産です。
また、謙虚になれたこと、感謝の心が持てるようになったこと等、これまでの自分を大きく変えることが出来たと思っています。





